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【TOPインタビュー】地方在住のエンジニアよ、東京で勝負をかけてみないか

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PROFILE

CEO
竹中 義博

東京・新宿駅に直結するビルに本社を置くITベンチャー、KEEPGOING。ビルの隣には、地方在住者が上京する際によく利用する高速バスの停留所、バスタ新宿がある。KEEPGOINGがめざすのは、「東京に出て、自分のチカラをためしてみたい」と思う地方在住エンジニアにとっての停留所になることだ。徳島や大阪で活躍したあと、東京で起業したエンジニアであるCEOの竹中義博氏に、なぜ地方エンジニアに活躍の機会を提供するのか、真意を語ってもらった。

企業の情シス部門を丸ごと引き受ける

KEEPGOINGは2016年設立と、若いITベンチャーであるにもかかわらず、顧客企業の戦略ITを支援する難易度の高い業務を受注しているそうですね。

はい。ありがたいことに、売上高100億円規模のリテール企業の情報システム部門を丸ごとお任せいただいていたり、発注元の企業さんからシステム開発を直請けしていたり。私たちのような社員数が10名に満たない規模のIT企業では、かなり、めずらしい例ではないかと思います。

規模の小さいIT企業は、なんらかの分野に特化することで、競合と差別化しようとするケースが多い。「RPAに強い」「物流管理システム専門」「飲食業界での実績が豊富」──。その点、KEEPGOINGは真逆です。さまざまな業界、業務、技術をカバーしているので、さまざまな顧客企業のニーズに対して、それにあったシステム開発ができる。というのも、代表である私自身が技術のことだけでなく、業界のことも、業務のことも、さらには経営のことについても、幅広く精通しているほうではないかと思うんです。ですから、「竹中の会社に頼めば、間違いなく目的を達成するシステムがつくれるだろう」と、仕事を発注していただけているのだろうと思います。

竹中さんの得意分野は、たとえばどんな領域ですか。

テクノロジーでいえば、ネットワークやセキュリティの最先端技術。業界でいえば、流通には強いと思います。業務でいえば販売管理の分野。そうそう、私は馬の調教ができますよ。「システムの開発も馬の調教もできる人財」はめずらしいんじゃないでしょうか(笑)。

ネットワークエンジニアの草分けとして活躍

それはすごい! 趣味でやっていることなんですか…?

いえいえ、若いころ、牧場で働いていたことがあって。競走馬の調教をやっていたんですよ。すごく楽しい仕事だったんですけど、肉体労働がきついこともあり、以前から「おもしろそうだな」と感じていた、IT業界に飛び込みました。大手IT企業の下請けをやっている、大阪の会社に未経験で入社して、プログラマーに。そこでは会社に泊まり込んだこともしばしばあるほど、死ぬほど働いてスキルを身につけたんです。入社から2年半後にはオフコン向けのパッケージソフトをひとりでつくりあげられるレベルになりました。

でも、ちょうどパソコンが普及しはじめたころ。「これからは汎用機・オフコンではなく、パソコンの時代になる」と考えて、徳島にあったパソコンソフト大手の企業に転職したんです。その会社ではネットワークの仕事をさせてもらった。未経験の領域でしたけれど、日本でのネットワークの黎明期でしたから、いわば日本のエンジニアはみんな未経験者。そういう時代からずっと携わってこられたのは、エンジニアとしてラッキーだったと思っています。

しかし、外資系企業との激烈な競争の結果、勤務先の業績が下降。やりがいのある大きな仕事はできそうになく、私は大阪へ戻って、しばらくフリーランスのエンジニアをしていたんです。

やりがいのある仕事は見つかりましたか。

ええ。知人のつてで、大阪を本拠に、株式上場をめざすベンチャー企業を立ち上げようとしていた社長と知り合い、創業メンバーとしてジョインすることに。国内有数のITベンチャー企業の社長さんにアタマを下げて出資してもらい、「小売店のネットワークをつくり、共同で仕入れることで、原価の大幅な削減を実現する」という事業を立ち上げたんです。たとえば多くのパン屋さんやパスタ屋さんが小麦粉を共同で仕入れれば、製粉会社さんにとっては大口顧客になるので、ディスカウントしてもらえる。

私は事業のコアとなる、商材の受発注管理システムの構築に携わっていました。寝る間もおしんで働き、事業拡大に貢献。設立から2年半で上場を果たすことができたんです。

個人で1,000万円借りて社員の給料を用意した

時代に先駆けるサービスを生み出したベンチャー企業で、エンジニアのトップとして活躍し、成功の果実を手にしたのですね。会社の経営スキルについては、そこで実践的に身につけたのでしょうか。

そうですね。子会社の経営をまかせてもらっていましたから。受発注管理システムは業界ごとにつくらなくてはいけないので、システムエンジニアが大量に必要。でも、社内の仕事はいつもあるわけではない。そこで、SES事業を手がける子会社を立ち上げ、他社の仕事も手がけようと。ところが、親会社のほうの業績がかたむいてしまい、会社の存続があやうくなってしまったんです。

当時、在籍していたエンジニアたちは、私自身が直接、採用した人財です。当然、私が責任をもって、雇用を守らなければいけない。まずは個人で1,000万円を借りました。当座の給料の支払いにあてようと。それから、つてをたどって、同じ大阪の大手企業系列の会社と話をつけ、子会社を丸ごとグループ会社化してもらい、無事、社員全員の生活を守ることができました。

エンジニアたちと一緒に、竹中さん自身も移籍したのですか。

はい。管理職として、エンジニアたちをマネジメントしました。それから2年ほどたって、東京へ異動することに。新規事業のアイデアを出し、立ち上げていくというミッション。でも、大企業のグループ会社だったからか、私がいくらアイデアを出しても、なかなか会社としてのゴーサインが出ないんです。

そのことに、すごく歯がゆさを感じていました。事業をゼロからつくり上げていくことのダイナミズムは、かつて上場をめざして働いていた時代から感じていて。「自分でやりたい」と思い、独立するカタチでKEEPGOINGを創業したんです。最初はシステム開発の仕事からスタート。その後、だんだん手がける仕事の規模が大きくなってきたので、昔の仲間たちに声をかけたんです。「東京に出てきて、手伝ってくれないか」と。

自社サービスをつくり、新たな価値を創造

どんな人財に声をかけたのですか。

大阪でくすぶっていて、実力を発揮できていない。そんなエンジニアに声をかけました。東京にはすぐれたエンジニアがたくさんいます。優秀な人たちと一緒に仕事をしたり、エンジニアどうしのコミュニティに参加したりすることで、飛躍的に成長できます。それに東京は大きな案件が多い。私自身、大阪から東京に出てきて、「仕事の規模感の大きさ」にびっくりした記憶があります。大きな仕事に携わることで、自分の実力を大きく向上させることができるのです。

実際、上京してKEEPGOINGに入社したエンジニアで、それまでは「腕は確かだがクチベタで、周囲とコミュニケーションをとるのが苦手」だったのが、見違えるほど会話ができるようになった例もあります。

ですから、地方在住のエンジニアのみなさんには、「いちどは東京で仕事をしたほうがいい」とお伝えしたいです。地方から上京してKEEPGOINGに入社した方には、引っ越し費用や住居の初期費用などを会社が負担します。ぜひ、トライしてほしいですね。

新しい仲間とともに、どんなビジョンを描いていますか。

まずはシステム開発の業務にまい進して利益をあげ、新たな自社サービスを開発するための資金をつくりたい。融資や出資で外部から調達すると、私の思い通りに経営できなくなるリスクもあるので、できれば自力で資金をつくりたいんです。そのうえで、新たなパッケージソフトを世に出したり、ITをコアにした新事業を立ち上げたりして、世の中に新しい価値を提供できる企業に成長させたいですね。

そうした未来を見すえ、まずはいま、しっかりシステム開発ができるエンジニアを求めています。いまの環境では実力を発揮できないと思っているエンジニアのみなさんにとって、チャレンジしがいのある環境を提供できます。ぜひ、飛び込んできてください。

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