アンドラダ・フレデリック(技術者)
ミマツは、昭和38年に創業して以来、半世紀以上も製缶業を手がけ続けているメーカーだ。鉄、ステンレス、アルミなどの金属板を加工し、主に発電所や変電所で使われる圧力容器、配管用架台、配管用接続管などを製造している。今回は、神奈川県相模原市にあるミマツの工場で、技術者として活躍中のアンドラダ・フレデリックにインタビュー。フィリピン出身の彼がミマツに入社した経緯や、職場の雰囲気、仕事でやりがいを感じることなどを語ってもらった。
私の母国はフィリピンです。17歳から日本に住んでいて、とび職を10年ほど経験しました。でも、人間関係のことで悩んでしまったりして、転職を決意。その後、派遣会社を通じてトラックの配送ドライバーの仕事に就きました。その派遣先がミマツだったんですよ。仕入れた原材料や部品の搬入、協力会社さんとの部品のやり取り、そしてお客様への納品。トラックを運転して、配送に携わりました。
仕事をする中で、ミマツの人たちと話す機会が多くあって。「優しい人ばかりだなあ。ここで正社員として働けたらいいなあ」と思っていたんですよ。わからないことがあれば社員の方々に丁寧に教えていただける環境だったので、「こんな会社なら長く続けられる」と。そう考えていたら、ミマツから「正社員になりませんか」とお声掛けいただけたんです。
採用担当の方に理由を聞いてみたところ、「おおらかな性格と真面目な勤務態度」だということでした。あとは、「納品でおうかがいした先のお客様から評判がいい」と教えていただき、予想外だったので嬉しかったです。お客様との会話といえば、ごくごく日常的なもの。ただ、積極的にコミュニケーションを図ろうとしていたので、それが良かったのかもしれませんね。感謝の気持ちで一杯です。
3つあります。一つは引き続き、トラックを運転して搬送する仕事。もう一つは品物の検査。そして3つ目に、つい最近始めたばかりですが、溶接の仕事をしています。溶接の資格試験に合格して免許を取得できたんです。とび職のころに、建築現場で溶接作業を見ていましたけれど、その頃はあまり興味がなかった。でも、ミマツの技術者さんたちの作業を見てから、ものすごく興味が湧きました。ただ金属を溶かして接合するだけではない、奥の深い仕事。「自分も取り組んでみたい」と思うようになったんです。
言語の問題が壁になりましたね。図面や仕様書には、難しい漢字が多く使われているので…。その意味を理解するのは大変でしたね。今も勉強を続けています。最近、覚えた用語は、“刻印”ですね(笑)。
技術的な面では、溶接を覚えるまでに、まだまだ時間がかかりそうです。見ているのと実際にやってみるのでは大きな違いがありますから。溶接棒が母材に溶け込まないから、玉になってしまい、思うように接合できない。まだ完璧にできないので、今も特訓中なんです。
はい。検査の仕事に携わって1年ほどになり、だいぶ認めていただけるようになりました。検査で大事なことは判断基準を頭に入れることなんですよ。最初は判断基準となる知識がなく、戸惑うことが多かった。でも、先輩から基準を教えていただき、徐々に知識を深めていくうち、一人でも対応できるようになりました。
「この製品は良い」「この製品はNG」という判断基準は、ミマツが認める価値観のようなもの。ですから、そこを社員のみんな共有できていることにやりがいを感じています。私もミマツの一員として、活躍している実感が持てるから嬉しいですね。
検査の仕事に磨きをかけます。欠陥を見逃しません。あとは、職人としては、図面を見ることには少し慣れてきたので、一人で溶接し、製作できるようになりたい。溶接して組み立てる技術をあと3年で身につけたいですね。
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