能登谷典子(扇の森WEST 施設長)
◆入社年:2004年
◆出身:埼玉県
◆趣味:三味線、ピアノ
さいたま市西区の特別養護老人ホーム「扇の森WEST」の1階には誰もが気軽に立ち寄れる「森のカフェ」を併設。地域に開かれ、高齢者と地域の人々が触れあえる機会を提供している。この施設を統括するのが、能登谷典子。永寿荘初の新卒者として入職。さまざまな困難や悔しい局面を乗り越えながら成長し、ついに施設長へとキャリアアップを果たした彼女の16年間のヒストリーを追った。
上司の言葉がネガティブだった私を変えてくれた
「ずっとそれでいいの?」。新卒で永寿荘に入って3年目。初めて、部下をもつ「ユニットリーダー」になったばかりの私に、上司だった方がかけてくれた言葉です。この言葉がなければ、いまの私はありませんでした。
私のキャリアパスは決して順風満帆だったわけではありません。そもそも私は専門学校卒。永寿荘の新卒1期生として入職したとき、たくさんの同期がいました。そのなかで、入職2年目でユニットリーダーになったのは大学卒の同期ばかり。負けず嫌いの私は、これがとてもくやしかった。だからコツコツ努力して、ようやく3年目でリーダーに。でも、当時はものすごくネガティブで、人のせいにするような言動が多かったんです。施設の利用者さんに対してではなく、スタッフに対して。とにかくキビしかったんですね。思うように仕事をしてくれないスタッフに「なんでやってくれないの?」とトゲトゲしくいってしまう。みんなを萎縮させる存在でした。当然、私がリーダーを務めるユニットはうまく回っていませんでした。
そんなときに「ずっとそれでいいの?」と言葉をかけてくれ、親身にアドバイスをくれたのが当時の上司でした。あとから聞いた話ですが、上司は「あのタイミングなら素直に聞いてくれる、と思ったからいったんだよ」と。以前から、私の抱えていた問題に気づいてはいたものの、「指導する立場にならないと、指摘しても受け入れないだろう」と判断してくれていたようです。確かに、自分ではなく「他人が動いてくれないと全体が動かない」という状況になってはじめて、「他人に動いてもらうためには、自分が変わらなければいけない」という心境になれた。ここで“変わる勇気”をもてたことが、私のキャリアのターニングポイントでした。
それからは、研修で教わったこと、たとえば「7つの習慣」を実行してみました。スタッフへの声がけも、「なんでやらないの?」ではなくて、「いま時間あるからやってみようか」へ。そしてその通りやってくれたら、「やってくれて、うれしいよ」。すると、すぐにスタッフがイキイキと動きはじめて。キビしかったころの私を知っているスタッフから、「前はこわくてこわくて、能登谷さんがいるだけで気持ちがどんよりしていたんですが…。どうしてそんなに変わったんですか? いまはめっちゃ尊敬してます!」といわれたり。ついには、別の施設への異動が決まったときに「一緒に行きたいです!」とまで。本当にうれしかったですね。
保育士志望から、魅了された介護の道へ
いまでは介護の仕事が“天職”だと確信していますが、前から介護職をめざしていたわけではありません。専門学生時代、志していたのは幼稚園の先生。幼稚園教諭と保育士の国家資格を取り、「これを一生の仕事にしよう」と。ただ同じ学校に介護福祉士科もあって、「そのうちなにかで使えれば」くらいの気持ちで、介護福祉士の資格も取得していたんです。当時、超がつくほどの就職氷河期でしたから、ひとつでも多く国家資格を取っておこうと思ったんですね。
就活では、保育園へ実習に4回ほど行きました。子どもたちはみんなかわいいのですが、保護者さんや保育士さんたちとのかかわりが想像以上にうまくいかなかったんです。「向いていないのかな…」と思いはじめたとき、障がい者施設での実習があって。そこではスタッフどうしの人間関係がよかったうえに、「利用者さんから本当に助けを求められている。お手伝いをしたい!」と心から思えました。自分がやる意義を感じられたんですよね。そこから、介護分野で働くことへとカジを切りました。最終的に、特別養護老人ホームで働く道を選んだのは、「苦労していまの時代を切り開いてくださったお年寄りが人生の終わりを豊かな気持ちで迎えるために、私にもなに何かできることがあるのでは…」と思ったからです。使命感、でしょうか。
永寿荘に決めたのは、法人がちょうど立ち上げのタイミングだったことが、とても魅力的だったから。「新たにつくるほうが、自分にとって働きやすい場所がつくれるんじゃないかな」「人間関係をイチからつくれる職場のほうがうまくいきそう」と。とはいえ超氷河期だったので、2,000名くらいの応募があったとか。「ダメ元」で受けてみた、という感じでした。それが、運よくご縁をいただけて、「扇の森」の1期生として入職しました。その2~3年後、永寿荘が保育分野にも進出。保育園を開設することになりましたが、そのころにはもう私は介護が大好きになっていたので、とくに異動を希望することはありませんでした。
チューター制導入の旗振り役に
上司の指摘を受け、リーダーとして心を入れ替えてから7年間、自発的に社内の改革に取り組みました。それが結実したひとつが「チューター制度」です。新卒で入職したスタッフ一人ひとりに、年の近い先輩スタッフを専任の指導係として、ぴったりよりそってもらう。日々の仕事における相談にあずかるとともに、新卒1年目のスタッフ全員が仕事をするなかでの研究成果や改善提案を社内発表するイベントをもうけ、先輩後輩コンビが一緒に発表までのプロセスに取り組むようにしたのです。副理事長や当時の上司、同格のリーダーたちとも話し合いながら、カタチにしていきました。これが始まってから、新卒の定着率が格段に変わったんです。一般的に介護業界は定着率が低いとも言われますが、チューター制度導入以降は、高い確率で定着してもらえるようになり、現在では入社1年目での早期離職はほぼいなくなりました。
制度の詳細を決めていくにあたって、私がこだわったことがあります。ささいなことかもしれませんが、新人とチューターの打ち合わせについて、「心合わせ」と呼ぶことにしました。「メンタルをサポートするんだよ」という想いを込めてのこと。また、「上から指導する」のではなく「下から支えよう」という意識をもってほしい、と。「心合わせ」を通じて上下の信頼関係が深まっていき、お互いを高めあうような風土ができていったのではないでしょうか。
こうした改革を進めていくなかで、入職5〜6年目ごろだったでしょうか。「主任に昇格したい、もっとステップアップしたい」という気持ちがめばえてきたように思います。
雲の上の存在だった施設長への就任の打診
「チャンスがあれば挑戦させてほしい」という希望は、上長に対して日ごろから、伝えていました。いずれ新しい事業展開があるだろうし、そこでのチャンスは自分からつかんでいかないといけないと思っていたので。スキルアップにもどん欲に取り組み、研修にたくさん行かせてもらいました。
そうして、「扇の森WEST」がオープンする際、配属されると同時に、主任へと昇格。これは「希望がかなった」ということでしたが、その後の展開は予想外でした。上長だった施設長が新しい施設に移ることになったとき、「後任として施設長をやってみないか」というお話が降ってきたんです。さすがに責任が重すぎるポジション。私にとって「施設長」というのは雲の上の存在だったので、まさか自分に就任の打診が来るとは思ってもいませんでした。
それでも引き受けたのは、「みんなを引っ張っていく存在にならなくては。道をつくらなくては」という想い。私が新卒職員として初の施設長になれば、私のキャリアが後輩たちのひとつのロールモデルになるはず。それで「完璧にできる自信はないですが、コツコツやり続ける自信はあります」「できないながらも、できるよう長く続けて理想をめざしていくことはできると思います」と伝え、「それでいいよ」と上長にいってもらえた。そうして2018年4月、扇の森WESTの施設長に就任しました。
「三味線が弾ける」など“一芸”を活かせる職場
それから1年半。施設長として注力してきたのは、「どんな方もウェルカム」な雰囲気をもつ施設づくり。その柱となっているのが、1階にもうけられた「森のカフェ」。ランチとティータイムのみの営業でも、来店者さんがかなり増えています。毎日足を運んでくださる地元の方もいて、入居者さんとのおしゃべりに花が咲いています。一歩一歩、地域に浸透してきているように思いますね。
地域に開かれた施設づくりにおける、もうひとつの柱は地域の方々を対象にしたサロン。ここでは、さまざまな分野の活動をしています。最近始めた「麻雀サロン」は男性の高齢者の方に非常に好評。いまは1回の開催につき3卓も出しているほど。シニア男性は引きこもりがちな傾向があるので、こういう機会はどんどん増やしていきたいですね。
こうしたサロンは、職員が中心になって開催しています。永寿荘は“一芸は身を助く”職場です。趣味や特技がある人はそれを活かしたサロンを主導してもらうので、楽しいと思います。私自身、三味線とピアノが弾けるので、月4回ほど、入居者さんたちと一緒に音楽を楽しんでいます。経験があり、介護の仕事をてきぱきこなせる方も歓迎しますが、多少不器用でも、心根が優しい人なら大歓迎。どんなタイプの人でも、必ずよいところを引き出しますので、安心して飛び込んできてほしいなと思います。
そうした優秀な人財を迎えたうえで、「さいたま市西区の特養といえば扇の森WEST」と、真っ先に思い浮かべてもらえる、「この街の老人ホーム」と呼んでもらえるような、地域密着型の施設にしていきたいですね。
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