2018年、経済産業省が「2035年に約79万人の介護人財が不足する」という試算を発表。それを待たず、すでに人財不足により運営・維持が難しくなる施設が出ている。そんななか、注目されているのが、埼玉県さいたま市を中心に4つの特別養護老人ホームなど介護施設を展開する社会福祉法人 永寿荘だ。新卒で介護職に就いた若い世代、福祉分野に新天地を見いだした転身者、そして介護のプロフェッショナルともいうべきベテランまで、さまざまなスタッフが集まっている。なにが、人財をひきつけているのか。同法人の副理事長である永嶋正史に、永寿荘のルーツから、ほかの施設と異なる点、そして未来のビジョンまでを語ってもらった。
江戸時代から地域とともに歩んできた
江戸時代から続く呉服屋で、現理事長はその5代目になります。いまでも地域のなかで「しんだなさん」と屋号で呼んでくださる方々がいらっしゃるほど、地域に根ざして活動してきました。たとえば40年前には当時めずらしかった専門店街モールを上尾につくることをはたらきかけた地域経済人のひとり。それがいまの「上尾モンシェリー」です。また、地元の行事で、戦後は規模が縮小されていた「どろいんきょ」を復活させる旗振り役にもなりました。いまは埼玉県の無形民俗文化財に指定されています。さらに、理事長は、市の風物詩となっている上尾市花火大会の発起人のひとりでもあるんです。
時代の変化に柔軟だったことがいちばんだと思います。屋号は同じですが、その時代時代で「いま人々の生活になにが必要なのか」を考え、提供するものやサービスは変えてきています。「守るものがあるからこそ、変わっていかなければならない」というポリシーがあるんです。地域のみなさんが安心して暮らせること、つまり「永寿荘のサービスがあることで『なにかあっても安心』だと思っていただくのが目的。その目的を達成するための形にはこだわらない、というスタンスです。
その通りです。現理事長は耳に障がいがあり、生きていくなかで多くの方にサポートをいただいてきました。そこで、恩返しの意味もこめて「世のため、人のためになることをしたい」という思いがめばえ、社会福祉に行きついたそうです。「少子高齢化が進むなかで、国の課題の解決に貢献したい」という想いもあったと聞いています。
誰にでも開かれているカフェを併設
「地域とつながる居場所を必ずつくっている」という点です。4つの特別養護老人ホームすべてに、一般のお客さまも入れる本格的なカフェや、多彩な趣味のサークル活動を地域の方々とともに行う「ふれあいサロン」を併設しています。福祉施設は親や自分自身の介護の必要性が出てくるまで、なかなか足を運ばない場所。それを変え、「地域とのつながりを創造できる場所」にしたかった。
昔は、一軒一軒の家に、そうした場所がありました。縁側です。お年寄りが縁側に座り、お茶を飲んでいる。通りかかった近所の人が声をかけ、地域のなかでのコミュニティがはぐくまれていく。縁側があったから、高齢者は孤独を感じずにすんでいた面があると思います。でも、最近の住宅には見かけなくなってしまいましたよね。いま、高齢者の孤立が社会問題化していますが、縁側が少なくなっているのも一因なのではないでしょうか。そこで、「地域にとっての縁側」のような場所を介護施設にもうけることで、高齢者の方々の「生きる活力」を生み出したいのです。
目の前の経営だけを考えるならば、そうでしょう。ですが、「For The Community」という経営理念の実現のために、あえてつくっています。社会福祉とは、地域を支えていくためのものですから。
ただ、長い目で見るならば、経営面でも良い影響につながっているかもしれません。特別養護老人ホームは「要介護3」以上の方が入居対象。でも、元気な方がいきなり「要介護3」になるわけではありませんよね。「要支援」から徐々に「要介護1」、「要介護2」と段階を追っていく。介護が不要なときに、カフェやサロンへ自分の足で自由に遊びに来ることで、施設の雰囲気やスタッフの能力を体感していただける。それで気に入っていただければ、本当に介護が必要になったときに、最初に検討していただけるかもしれませんから。
音楽でもスポーツでも“特技”を活かせる
ええ。介護以外で豊かなバックグラウンドをもっている人が多い点は、永寿荘の職員の特徴です。介護の専門的なことはすべて入社後にしっかりと身につけられる教育プログラムを準備していますので、採用の段階では「介護以外になにをしてきたか」のほうを重視しています。一般的に介護職は「資格ありき」の仕事だと思われていますが、我々は「人格ありき」の仕事だととらえていますので。ですから福祉以外の学部出身者、たとえば体育系大学や芸術系大学などの出身者も活躍してくれています。
はい。「ふれあいサロン」で、職員さんたちが“先生”となってサークル活動をすることで、おおいに個々のスキルを発揮してくれています。栄養士さんが料理教室をやったり、インストラクター資格をもつ人が気功や太極拳、ヨガ教室を行ったり。個展を開けるほどの水彩画家さんや、書道の師範、フラワーマネジメントの資格をもっている人もいます。ふだんの仕事以外の専門スキルを発揮できるので、イキイキとした表情を見せてくれるのが印象的です。
じつは、2009年に音楽大学出身者が入職してくれたことで、施設内で本格的に音楽療法に取り組めるようになったのが、「職員を先生にしたサークル活動」をはじめたきっかけなんです。さまざまな分野でサークル活動を展開したことで、特技をもっている方がどんどん集まってくれるようになった。最近の例でいうと、吹奏楽の経験がある職員さんたちがバンドを結成し、イベントなどで演奏してくれています。
育成方針は「長所伸展」。職員さんのいいところを伸ばすことを大事にしています。そして、研修や自己啓発の機会の提供については、お金と時間をいっさい惜しまない。我々が行なっているのは、人がすべてのサービス。職員一人ひとりが成長することで、提供するサービスのクオリティを上げていくしかありませんから。
そうした育成方針が浸透したからでしょうか。「学ぶことが当たり前」という職場風土があるように思います。ほかの介護施設の経営者さんから、「『研修に行きたくない』という職員がいる」といったお話をお聞きすることもあります。でも、永寿荘にはそういう人がまったくといっていいほどいないんですよね。そうした風土があるからこそ、たとえば地域のなかではじめて入居者さんをグループわけして、グループごとに担当職員をあてる「ユニット制」を導入するなど、新しい取り組みを先駆けて実行することができているのだと思います。
認知症ケアの充実や共生ケアの実現をめざす
キーワードとしては、「認知症ケア」「自立支援」「地域包括ケア」「共生ケア」、といったものがあげられるかと思います。
一つひとつ説明しましょう。近年、業界全体で取り組んでいる課題として「認知症ケア」があります。この10年間で「認知症に対していかにアプローチするか」はかなり進歩しており、色んな方法が確立されてきていますし、海外の考え方なども入ってきて、専門的に取り組む施設も増えています。永寿荘でもこの分野の勉強会や研修を積極的に行っており、職員たちも認知症ケア専門士や認知症介護実践リーダー、認知症介護指導者などの資格取得を順次進めています。
「自立支援」も、最近改めて浮かび上がってきたキーワードのひとつです。「介護サービス=なにもかもすべてをやってあげること」ではなく、「その人の能力を守りつつ、足りないところをサポートしていくのが理想である」という考え方ですね。在宅サービスか施設サービスかを問わず、自立支援を実現するのは、永寿荘にとって「究極のゴール」です。
「地域全体で高齢者を支える」という「地域包括ケア」は、まさに永寿荘の経営理念そのものです。よくいわれるようになったのは最近ですが、我々はずっとそれに取り組んできました。地域との関係性は、今後もいっそう強化していくつもりです。
そして、介護・保育・障がいという3つの分野が連携して支え合っていく「共生ケア」。永寿荘では現在、介護と保育の事業だけを行っていますが、いずれは障がいをもつ方向けのサービスもカタチにして、共生ケアを実現していく。それが永寿荘の最終的なカタチです。
世の中がどんな状況になっても、介護は必ず必要とされていく仕事。AI時代が来たとしても、介護は人間がやるべき仕事として必ず残っていくでしょう。安心して入ってきてもらいたいと思います。
就職にあたっては、「自分の可能性を広げられる場所はどこなのか」という視点で考えられる方もいると思います。実際に働いている人の様子や、その人たちがどんなキャリアを築いているか、見てみることをおすすめしたいですね。永寿荘の場合、幹部職員たちは全員、最初はいち介護職員。みんな、そこからスタートして、いまでは頼もしく活躍してくれています。自分自身の将来を当法人で描こうと思っていただける方に出会えれば、とてもうれしいですね。
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