ドライバーを知る
Interview

人の命をあずかるバス会社にとって
「健康経営」の実行は絶対条件です。

Interviewドライバーを知る
プロフィール

ベイラインエクスプレス株式会社
代表取締役社長
森川 孝司

首都圏と地方を結ぶ高速バス、WILLER EXPRESSを運行するベイラインエクスプレス。いま、神奈川県川崎市に本拠を置く、この中堅規模のバス会社が、業界に旋風を巻き起こしている。「健康診断受診率100%」「歩行量計測ツールの配布」「オフィス内へのフィットネスルームの設置」など、バス会社ではめずらしい、「健康経営」を実践しているからだ。健康管理は社員の自己責任とされがちだが、同社代表の森川氏は「バス会社において、運転士の健康は会社が責任をもつのが当然」といい切る。業界に革命をもたらす経営を実践する、その裏にある森川氏の強い想いに迫った。

「社員は家族。家族の健康に気を配るのは、当然でしょう」。森川流の経営哲学には、やさしさがにじむ

社員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する。そうした取り組みをしている企業について、2014年度に経済産業省が顕彰する制度をもうけてから、「健康経営」が注目されるようになった。しかし、取り組んでいるのはホワイトカラーが多い大企業が中心。そんななか、バス会社、しかも中堅規模のベイラインエクスプレスが健康経営に注力しているのは異色だ。取り組むきっかけは、森川氏が経験した、ある悲痛な体験だった。

あんな姿を、もう二度と見たくない。心の底から、そう思いました。ベイラインエクスプレスでは、運転の安全を確保するため、走行中の運転士の様子を本部でモニタリングしています。いつものようにモニターをみていたとき、突然、運転士が苦しみもがき始めたんです。腸ねん転でした。リアルタイムで、人が苦しむ姿を見せつけられているのに、手を差しのべてやることができない──。「ITは、ときに残酷な道具になるのだな」と思いました。

 そのバスはいったん走行を停止。すぐに代わりの運転士を現地に派遣することで、バスのお客さまへのご迷惑を最低限にすることができました。そして幸いにも、運転士は大事にいたらず、いまは元気に働いてくれています。

 「しかし」と、思わずにはいられませんでした。もし、この運転士が、もっと自分自身の健康に気をくばってくれていたら。そして会社も、運転士の体調にもっと注意を向けていたら。病気の兆候を発見し、適切な処置をすることで、こんな事態が起こることを未然に防げていたかもしれません。
 だから、「運転士全員に年2回、必ず健康診断を受診させる会社にしてみせる」。そう心に決めたのです。
 実際、いま、当社社員の年2回の健康診断受診率は100%です。「健康診断を受診しない人は運転してはいけない」と決め、厳格に運用することを宣言したうえで、受診するための時間をきちんと設定してあげる。そうすることで、実現した数字です。

 なかには、「健康診断でおかしな点が見つかって、運転できなくなり、収入がなくなってしまうのでは」と心配し、受けるのをためらう人もいます。まず入社前の採用面接の時点で、健康診断の義務について説明し、「受診したくない」という人は採用をお断りしています。そのうえで、既存社員は全員受診してもらい、受診結果について、高リスク・中リスク・低リスク・健康の4つに分けて個々の社員にフィードバック。その後、リスクのある人もない人も全員、管理栄養士と面談をして、半年先の健康診断に向けて、どのような取り組みをするか具体的に決めていきます。

 「健康リスクが高い」という結果が出た人にはきちんとケアをして、健康になり、運転できるように会社が責任をもってサポートをする体制をつくっています。だから、安心して受診できるのだと思います。

血圧を計測し、ほしい人は健康に配慮されたお弁当をとり、点呼を受け、バスに乗り込んでいく。運転士の健康サポートには万全を期す

全国健康保険協会の神奈川支部による「健康経営優良法人2019」に認定されるなど、健康経営の実践が世に認められつつある

行政が旗を振って始まった「健康経営」については、批判的な意見もある。個人の健康は自己責任であり、会社が介入することではない、と。しかし、森川氏はそれに異をとなえる。「社員の健康に、会社が全面的に責任をもつべきです。それは、バス会社である以上、当然のことなんです」という同氏の主張の背景にある、バス会社経営における哲学とはなにか。

高速バスの走行中、運転士の体調が悪くなり、ひとつでもミスがあれば、重大な事故につながりかねません。なにかあればダイレクトにお客さまの命にかかわります。しかも、事故が起きたとき、運転士がもっとも危険にさらされやすい。いちばん前にいるわけですからね。お客さまの命にかかわること、運転士本人の命にかかわることを、「個人の責任でやってくれ」。そんな無責任な話がありますか。会社が責任をもって取り組むべきことです。

 それにもうひとつ、重要なことがあります。「健康管理はあなたの責任でしっかりやりなさい」と突きはなして、社員の健康に周囲が無関心な企業風土だったとしましょう。そんななかでは、「今日はちょっと体調が悪いな…」と運転士が感じたとき、「運転を代わってほしい」と、いい出しにくいでしょう。「オマエの健康管理がなっていないせいで、ほかのメンバーに迷惑をかけるのか」という無言のプレッシャーを感じてしまうからです。結果、体調が悪いのに運転してしまい、事故発生の可能性を高めてしまう。

 反対に、「社員の健康管理は会社の責任」と明確化されていて、周囲が運転士の日々の健康に気をつかう職場であれば、「今日は体調が悪いので、代わりの運転士を配置してください」といえるでしょう。その結果、最悪の事態が起こることを防げるのです。

 ですから、会社が社員の健康に強く関心をもっていることをわかりやすく伝える施策を数多く導入しています。最近はじめたのは、歩数を計測してメンバーと共有できる、fitbitというツールを配布すること。導入当初は30%ほどの社員しか利用していませんでしたが、いまは83%に達しています。これによって、社員どうしで競いあいながら、体調を自分でチェックする習慣を身につけ、向上させる努力を続けてもらうことが目的です。

 また、会社内にフィットネスルームをもうけました。ここで汗を流してもらい、長時間のドライブでこわばった身体をほぐし、運動不足を解消してもらうのがねらいです。

製品と同名の米国の会社が開発したツール、fitbitを社員に配布し、1日の歩数などを可視化して共有。ゲーム感覚で運動への意識を高めてもらう

本社内にあるフィットネスルームでひと汗かいた運転士たちと談笑する森川氏。なにげない会話のなかでも、社員の健康に気を配っている

フィットネスルームが設置されているベイラインエクスプレスの本社オフィスには、もうひとつ、大きな特徴がある。バスの駐車場に面した建物の外壁がガラス張りになっているのだ。夜間は、オフィス内の明かりが駐車場を照らすように輝く。バス会社のなかには、コスト削減のために本社オフィスは簡素にするところも多いが、ベイラインエクスプレスは真逆の経営をしている。

社屋のデザインコンセプトは、灯台です。夜に出発する運転士のために、明かりをともし、「明るいなかで、送り出してあげたい」。そう考えたのです。そして、運転を終えて帰ってきたとき、「“家”に帰ってきたな」とほっとしてほしい。だから、カフェのように、くつろげるスペースをもうけています。

 運転士は個人事業主に近い存在。運転技術という腕一本で世の中をわたっていくので、運転士という職種に対するプライドはもっているけれど、勤務する会社に対する帰属意識は薄い。もともとベイラインエクスプレスでも、そうした意識を反映するカタチで、私の下に運転士が直属しているという、横並びの組織でした。でも、それをがらっと変えました。リーダー、サブリーダーという中間管理職をもうけ、チーム制を導入したのです。

 フラットな組織だと、なにか問題があっても、だれに聞けばいいのかわからない。その結果、だれにも相談できず、辞めてしまうことに。入社3ヵ月での離職率が20%以上に達していたほど。組織を変えたことで、だいぶ下がりましたが、まだまだ途上です。

 また、運転士のなかから技能にすぐれた人を選び、社員教育に専念する教育課をもうけました。「先輩の背中を見ておぼえろ」という古いやり方では、もう若い世代はついてきません。体系的に教えて、ヒトを育てなければ会社の未来はないですから。

バスの駐車場に面した外壁がガラス張りになった社屋。出発するバスの“灯台”となって、暖かく送り出す

社屋の2階はカフェのような内装。運転を終えた社員たちがくつろげる場所を提供している

業界の常識にとらわれず、革新的な経営をしている森川氏。祖父、父とバス会社の経営陣だったなかで育った同氏だが、業界常識に染まらなかったのはなぜだろう。それは、「経営なんかに興味はない」という想いで過ごしていた時期が長かったからだという。経営者としての覚醒が遅く、「業界人」としての自覚をもたなかったことが、逆説的に、森川氏を業界の革命児にしたといえる。

父の会社に就職したのは、経営幹部としてではなく、バスの運転士としてでした。「楽しいな」と思いながら働いていただけで、経営をする気もなかったし、意識したこともありませんでしたね。それで、父がリタイアすることになり、「それなら、私もやめようかな」と。そんなタイミングで、経営者だった叔父に呼ばれたんです。「オマエを将来の経営幹部に入れたいと思う。だが、いまのようなサラリーマン意識ではいけない。経営者の自覚をもつために研修を受けてもらう」というのです。

 「まあ、家族と会える時間も減るし、小さい子どもが2人もいるオマエにはムリかな」といわれ、負けず嫌いの性格が出てしまった。なにくそと思って「できますよ!」と答えてしまったんです。叔父にうまく誘導されたのかもしれませんね(笑)。研修の1年間は本当に厳しく、忙しすぎて家族とうまくいかなくなる時期もありました。

 でも、その研修を乗り切ったことで、経営者として腹をくくることができました。自分のなかでスイッチが入ったんですね。いちばん大きく変わったのは「他責にしない」という意識だと思います。「こういう会社にしたい」と思って突き進めば、現場が滞ることもあります。そのとき、「なにやってんだ」と現場をしかるのではなく、滞ってしまった責任は自分のせいなので、どうしたらいいかを考える。自分が動く。その意識でいまは一歩一歩、変化を進めています。

経営者として覚醒した森川氏は、ベイラインエクスプレスの代表に就任した後、健康経営をはじめ、人を大事にする施策を次々に打っている。しかし、いずれAIが導入され自動運転が進むことで、運転士が不要になるのではないか。そのとき、人を大事にする森川流経営は、すべてムダになってしまうのではないか。そんな疑問をぶつけてみた。

いいえ。自動運転の進歩はまったく脅威ではありません。むしろ、AIが導入されることは、すごくいいことだと。まず運行の管理面で効率化ができるのではないでしょうか。たとえば、ある運転士が2年前に事故を起こしたことのある路線に行くとします。その人が最近、急に減速する運転傾向があることがデータでわかっている。現地の天候は雨。こうした状況を総合して、いまはプロの運行管理者は「車間距離を十分とってくださいね」と伝えるわけです。これを50人超の運転士に対して、短い点呼のときに実践するのは大変です。AIにデータから問題点をピックアップする作業をまかせられれば、運行管理者は運転士とのコミュニケーションに時間をさくことができるようになるはずです。

 運転面でも効率化できるでしょう。特に高速道路の路線バスは、自動運転がいちばん最初に導入される分野かもしれません。すでにレーンキープや車間距離調整など、自動化技術がかなり導入されています。自動化で運転士の負担が減れば、いままで2名で対応していた路線をワンマンで行けるようになるかもしれません。さらに、AIで運転の負担が減るのであれば、コミュニケーション能力の強化に注力して、コンシェルジュのような運転士を育てていく方向性もいいなと考えています。現状でも、お客さまから運転士にいただくおほめの言葉は「接客がよかった」「説明がよかった」「楽しかった」といったコミュニケーションの部分がほとんどです。「あそこのブレーキが絶妙だった」なんて、運転技術にかんするところは、お客さまはなかなかわからないでしょうから。そういう部分は、むしろAIにまかせてしまったほうがいいかもしれません。

 AIにしろなんにしろ、10年後を予想して、「こう対応しよう」と具体的に決めることはしません。いまの自分では考えつかないような、すごい10年後をめざしているからです。それが、私のビジョンです。

森川 孝司(もりかわ こうし)プロフィール

1979年、神奈川県生まれ。祖父、父が経営陣を務めた中日臨海バス株式会社に就職。運転士として技能を磨いた後、同社の管理職に。2012年、同社とWILLER EXPRESS株式会社との合弁会社として設立されたベイラインエクスプレス株式会社に移り、その後、同社の代表取締役社長に就任。社員の健康を第一に考える「健康経営」を実践し、業界に新風を吹き込んでいる。

事業所概要

|社名
ベイラインエクスプレス株式会社

|住所
神奈川県川崎市川崎区塩浜2-10-1

|URL
https://www.bayline.jp/

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