五十嵐 咲(いがらし さき)
所属:リストホームズ株式会社 住宅事業部 プロジェクト推進課 主任
経歴:東海大学文学部卒業 2020年新卒入社
趣味:吹奏楽、Dリーグ観戦
リストホームズ(以下、LH)にて、企画職を務める五十嵐。ブランドメッセージの策定や、新仕様物件のプロデュース等、若くして商品開発にチャレンジをしている。今でこそ大活躍をしている彼女だが、その陰には失敗の連続があったと言う。再チャレンジで掴んだ内定、営業職での苦戦、退職を考えた日々―。その壁を乗り越えた彼女の成長ストーリーを追った。
小学生から始めた吹奏楽を大学1年生まで続けていました。その後はほとんど居酒屋のバイトに明け暮れる毎日でしたね。勉強もそこそこに、とにかくバイトばかり(笑)。でも、就活に関しては「やるぞ!」という気持ちが強くて、かなり早い時期から動いていました。
強豪校の吹奏楽部での経験からか、「競争社会でもやっていける」という自負があって、優しい環境よりは、バリバリ働ける会社に行きたいと考えていたんです。
実は、最初の合同説明会でリストのブースに行った時の記憶は、ほとんどないんです(笑)。ただ、夏のインターンシップの案内があったので「とりあえず行ってみよう!」と思ったのがきっかけでした。
実際にインターンで社員や内定者の方々と接してみると、とにかく「人が良い」と感じて。ここなら楽しく働けるかもしれない、と思うようになりました。
そうなんです。あの時は「落ちて悔しい!」という気持ちが本当に強くて。
就活の軸は「人生の大きなイベントに関わり、人を笑顔にすること」。不動産業界と人材業界を中心に受けていて、実は他社から内定もいくつかいただいていました。
それでも、夏のインターンで感じたリストの「人の良さ」が忘れられなくて。幸い再チャレンジの機会をいただけたので、「次は絶対に受かってやる」という一心で準備しました。
はい!あの時は本当に嬉しかったなぁ。
再チャレンジをする際、当時の社員の方々が親身になって相談に乗ってくれたり、話を聞いてくれたりして。一度不採用になっているのに、ここまで応援してくれる温かさに驚きました。「受かったらリストで働こう」と心に決めた瞬間でしたね。

※インターン時代からずっとお世話になっている元人事の岩井さん。グループの別会社ですが、今でも食事に行きます!
そうですね。最初の配属はグループ会社のリストインターナショナルリアルティで、不動産の売買仲介営業からスタートしました。ところが、営業の仕事は大苦戦しました。「人を笑顔にしたい、幸せにしたい」という想いでこの仕事を選んだのですが、日々の営業現場ではその想いがなかなか成果に結びつかなくて...。
今振り返ると、「働く」ということに対する覚悟が足りていなかったんだと思います。会社員としてお給料をいただく以上、やらなければいけない責任がある。でも当時の私は「自分は人を幸せにしたいだけなのに、なぜこんなことをやらなければいけないのだろう?」と、自己実現ばかりが先走ってしまっていました。
目標に対するアプローチの仕方も分かっておらず、営業職としては全然成果が上がっていませんでしたね...(笑)。

辛い日々もありましたが、営業の仕事は好きだったし、やってみて本当に良かったと思っているんです!ご成約いただいたお客様のことは今でも覚えていますし、何より「顧客目線」を養えたことは、現在の企画やブランディングの仕事において大きな強みになっています。お客様と直接向き合った期間があったからこそ、今の自分があるのだと感じます。
「めちゃくちゃ嫌だ」と思っていました(笑)。成果が出るまで営業を頑張りたい想いが強かったですし、何より自分の意志ではなく環境を変えられることに納得がいかなくて。
当時はモチベーションがゼロで、口を開けば不満を漏らすような状況でしたね。そんな状況が1年半近く続いて、でもそんな自分にも嫌気が差して、「もう辞めよう」と決めて転職活動を始めました。無事内定をもらったので、1on1面談(※)で退職の意向を上司に打ち明けたんですよね。
※1on1面談
月に1回、上司と個別に行う面談。目先の業務ではなく、中長期のキャリアやプライベート面での悩み等を相談する場。
最初は「ま、辞めるのは別にいいんじゃない。個人の自由だと思うよ。」とあっさりした対応でした。
ただ、続けてこう言われたんです。
「不満を口にするのは簡単で誰だってできる。でも、現状を変えるには、自分が動くしかないんだぞ。お前はただの批判家だ。」
率直に、かなりショックでした。でも言われてみてハッとしたんです。確かに当時の私は、環境のせいや他人のせいばかりにする他責の傾向が強く出ていました。そして上司から「批判する人でいたいのか、自分で変えていける人でありたいのか、五十嵐はどっちなの?」と問われ、初めて自分を客観視することができたんです。
今の自分を冷静に捉えて、自分のかっこ悪さが悔しかったし、何の成果も残せないまま辞めるのも嫌だなと思い。異動して約2年、ようやくこのタイミングで「LHで頑張る」と決心がつきました。
ちょうど会社の方針が「より一棟一棟こだわり抜いた住宅を提供する」方向へ変わったタイミングで、新商品の企画やブランドメッセージの策定に携わりました。
その中でも印象深いのは、2024年に手掛けた「リストガーデン武蔵新城セキュリティ・タウン」の企画です。
何をすればいいのか全く分からない状態から、無事に企画を成功まで導くことができたのはすごく良い経験でしたし自信にも繋がりました。

この取り組みは上司の「防犯に力を入れたい」という抽象的な一言がきっかけでした。ちょうどこの頃は闇バイトが社会問題化し、防犯意識がより高まった時期でもあったんですよね。
「マンションと比べて劣ると思われがちな戸建の防犯性を高め、安心して快適にお住まいいただける住宅を作れないか?」その観点から防犯性に特化した戸建の企画が始まりました。
そうなんです。ただ、本当に何をすればいいのか分からず、そもそも「防犯とは何か?」という初歩的なところから徹底的に調べました。その中で、NPO法人が運営し、警視庁がバックアップしている防犯住宅の認定制度を見つけたんです。
その制度は10年以上前から存在し、マンションでは広く普及しているものでした。
...と、思うじゃないですか?ところが、残念ながら戸建では過去1件も実績が無く、ホームページからもリンクが消えていたんです(笑)。でも私は諦めず、運営元のNPO法人へ直接連絡を取ったんです。
すると相手方からは「せっかく制度は作ったんですが、問い合わせが全く無くて...。」と残念そうな回答をいただきました。そこで私から「一緒にやりませんか?」と提案したところ、相手方もすごく喜んでくださり!企画の方向性が固まった瞬間でした。
「防犯住宅」の明確な定義が存在しなかったことですね。詳細が定まっていない項目を一つひとつ協会とすり合わせ、何をどこまでやったら「防犯」と言えるのか基準を作り上げていきました。制度の1番目の申請者だからこその生みの苦しみだったと感じています。
また、定義した基準に対して、なるべくコストを抑えつつデザイン性も重視して認定クリアを目指すことにも様々な障壁がありました。設計担当と一緒に項目を丁寧に確認しながらプランニングし、試行錯誤しながら進めていきましたね。
無事に防犯認定を取得することができ、この成果は多方面で大きな反響を呼びました。販売面では大成功を収めましたし、専門誌である日経アーキテクチュアに掲載されたり、テレビ等のメディアにも取り上げられました。
自分の行動が「リストホームズ」の名前を広める力になれたんだ、と大きな自信になりました。

「まずやってみよう」という精神が根付いているところです。新しいことに挑戦する時、後押ししてくれる人がたくさんいます。私も、自分が企画したことで「リストホームズの家っていいね」と言っていただけるのが何よりの喜びです。仕事の中にはきついことも多いですが、新しいことにワクワクしながら取り組める環境がLHにはありますね。
そうですね。恥ずかしながら、私のこれまでのキャリアは失敗の連続だったと思います(笑)。でも、数々の失敗を自分自身の糧に変えることができたから今があるとも思っています。やっぱり人って成功からより失敗からの方が学びが多いですよね(笑)。
リストグループは全体的に、「一生懸命やっている人を応援してくれる」文化があると思います。そういった人の温かさに惹かれて入社しましたし、入社後全く色褪せることなく続いているところは好きだなと感じます。

社会人になることに対して、漠然とした不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。でも、何事も前向きに捉えて一生懸命やっていけば、必ず周りは応援してくれるし、最後はなんとかなります(笑)。
だからこそ皆さんには失敗を恐れず、ワクワクする気持ちを大切に一歩踏み出してみてほしいなと思います。
それがLHだったら、私たちは大歓迎です!一緒に働けることを楽しみにしていますね。
募集要項をご確認の上、ご応募ください。