インタビュー
スタッフを知る

【運行管理者】安全なバス旅行を提供するには、仕事への感情移入は禁物なんです。

スタッフを知るインタビュー
PROFILE

小杉 高章(運行管理者)

団体で自由な移動ができる手軽さで人気を博す観光バスの業界で、「安心・安全」への徹底したこだわりで信頼を集める東京遊覧観光バス株式会社。公益社団法人日本バス協会の安全性評価認定制度で堂々の「3つ星」を獲得する同社において、運行管理の重責を担っているのが小杉高章氏だ。「安心・安全は最大の顧客サービス」の理念を体現するための、同氏の妥協なき取り組みについて聞いた。

たとえ1%ずつの積み重ねでも、事故ゼロに向けて前進し続ける。その歩みに終わりはありません。

▼小杉氏は、安全性評価で「3つ星」を獲得する東京遊覧観光バスにおいて運行管理の重責を担う

観光バスがお客さまを乗せ、目的地まで送り届ける。その運行行程を取り仕切るのが運行管理者である。バスに乗っているだけではわからない、安全な走行を陰で支える役割を10年以上にわたって担ってきた小杉氏。運行管理者の仕事とは、どのようなものなのだろうか。

お客さまに気持ちよくバスに乗っていただくために、運行前の準備や運行中の管理を担い、安全性を追求することに特化した仕事です。具体的には、事前に移動距離や道路の条件に応じてドライバーの割り振りを行い、運行計画を策定。乗務予定のドライバーの健康状態の把握や車両の点検報告、当日の道路状況の把握などを通じて、ドライバーが無理なく安全なバスサービスを提供できるよう運行を管理します。ドライバーにとっては初めて走る道もあり、突然の雪や雨に見舞われることもありますから、運転中にも道路状況の情報などを送って安全に走れるようサポートすることが欠かせないのです。

そして距離や行程の内容、道路条件などで難しい運行になると考えられる場合には、ドライバーを2人体制にするなどの措置が必要になります。ただそれは、会社の営業効率からすると決してプラスになるものではないんですね。売上は変わらないのにコストだけ増えることになる。だから会社によっては、「なんとか1人で行かせられないか」という話になるところもあるんです。そこで試されるのが運行管理者の存在意義であり、どのような意識で仕事に取り組んでいるかでしょうね。

▼運行計画の策定はもとより、乗務予定のドライバーの健康状態まで把握するのが小杉氏の仕事

▼距離や行程の内容、道路条件など、安全確保のための事前準備には余念がない

運行管理者がもつべき意識として重要なのは、「公共の利益」だと小杉氏は言う。優先されるのは、会社よりも社会の利益。企業の利益追求によって安全性が損なわれることを防ぐのが仕事だと、キャリアの当初から叩き込まれてきた。

たとえば旅行会社から受注する観光旅行の中には、無理な行程を押し込んだものがたまに見受けられることがあります。その意味では運行管理者は、仕事に感情移入すべきではないともいえるでしょう。お世話になっているお客さまから「なんとか無理を聞いてほしい」と言われても、ドライに「無理なものは無理」と言わなければなりません。ブレたり、「じゃ今回だけは」などと受けて、取り返しのつかないことになってからでは遅いんです。

その点当社は、社長自身がドライバー出身であり、安全性をなによりも重視し、率先して安全管理の意識を徹底してくれるので仕事もしやすいです。お客さまにとっての安心・安全なバスの旅を提供するのはドライバーですから、彼らの運転環境を守るべく全力を注ぐことに最大限の理解を示してくれているんです。

▼「無理なものは無理」。ときにドライな対応も安全確保には必要となる

昨年、東北道が土砂災害で通行止めになった際も、お客さまを届けたあと、一般道で帰ってくるというドライバーを止め、一泊して帰るよう指示を出したという。小杉氏にとって、コストや効率よりも、優先すべきはドライバーの安全性。つまり運行管理者は、ドライバーたちをつねに見守る安全管理者でもあるわけだ。

もしなにかの事故が生じたときに、「あのとき、実は体調が悪かった」というドライバーの状態を見抜けなかったとしたら、運行管理者失格です。だからドライバーにはいつも積極的に声をかけて頻繁にコミュケーションをとり、その人の性格や特性をつかむようにしています。いつもドライバーと一緒に会社の前でたばこを吸いながら、なんでもない話をしながら観察しているんですよ。そうやってコミュケーションを重ねてきて、それぞれ体調の良いときと悪いときの様子は大体わかるようになりました。

たとえば繁忙期にはどうしても疲労がたまってくるので、顔色はどうかな…? ちょっと疲れてきてるかな…と様子をうかがいます。観察して、「体調悪そうだな…」と感じたときには運転にストップをかけるのが私の仕事ですから。

また、精神面も同様です。家庭などプライベートの悩みがあれば、それは運転に出てしまうもの。元気がない、肩が落ちている、伏し目がち…など、その人のオーラにいつもと違うなにかがあると、「どう?大丈夫?」と必ず声をかけます。そうやってドライバーとの信頼関係を築いていくことが大切。いくら優れた運転技術をもっていても、お客さまを乗せたバスのハンドルを握るときには万全の状態でなければならない…そう考えて日々対応しています。

運行管理の責任者としてのプレッシャーは当然ありますよ。繁忙期や雪道のある冬場など、みんなのバスがちゃんと帰ってきたら、外のベンチに座ってたばこに火をつけて、ふ~っと一服するんです。良かった…ってほっとする。その束の間の時間がプレッシャーから解放される、少しだけ肩の荷が下りる時間ですね。

ドライバーの体調やその日の感情にまで気を配り、道路状況の事前チェックや運行中の指示や管理に神経をすり減らす毎日…。その裏には、「事故は絶対にあってはならない」との想いを呼び起こす、今も記憶に残る忘れられない光景があるという。

高校時代に、同級生を交通事故で亡くしているんです。それほど親しくはなかったので、あまり深くは考えずに、ほかの友人とお通夜に出席させてもらったんですね。でもその場で、彼のご家族、特にお母さんが人目をはばからずに取り乱される姿を見て…。その姿は今も脳裏にすごく焼き付いていて、時折思い出すことがあるんです。だから、交通事故の被害者はやっぱりつくりたくない。大切な人を交通事故で失ってしまったときのショックを考えると、絶対に起きてはいけないと強く思います。

当たり前のことですが、一番大切にしなきゃいけないのは、人の命です。バスが大破しようと、それはお金で買えるもの。でも人の人生はお金では買えません。だから壊しちゃいけないし、なくしちゃいけないんです、絶対に。

ときどき、安全性を後回しにしたような旅程を組んで、「これで走らせてくれないか」と無茶な相談をしてくるお客さまがおられます。そんなときは、「私たちは荷物を運んでるんじゃない。人の命を運んでいるんだから、それは絶対に呑めない」とはっきり言いますね。

▼過去の悲しい交通事故の記憶が、安全を追求する小杉氏の原点になっている。

そんな小杉氏だけに、「観光バスはどうしても景気に左右されやすい。だから安全よりも効率を重視して、無理をする会社が出てきがちな現実がある」という業界の現状を憂いてもいる。だからこそ、ほかのどの交通機関の運行管理を担う場合よりも、確固たる意志を示すことが必要になる。

安全に対する妥協はあってはなりません。事故は起こしてはいけない。これは運行管理者としての絶対的な想いです。ただその一方で、たとえば完全な自動運転でのクルマ社会になったとしても、事故はきっとゼロにはならない。100%事故をなくすのはもちろん目指すべきところですけれど、その厳しさや難しさを肌で感じているからこそ、安易に言葉にできないという気持ちもあります。

言えるのは、とにかく1%でも0.1%ずつの積み重ねでも、事故を減らす努力をし続けること。100%なくなるなんてことはあり得ない、でもそこに向けて前進し続けることは絶対に止めてはいけない。私にとっての歩みは、永遠に終わることはありませんね。

私たちは荷物を運んでるんじゃない。人の命を運んでいるんです。

小杉 高章(こすぎ たかあき)プロフィール

タクシー会社の運行管理者としてノウハウを蓄積したあと、東京遊覧観光バス株式会社代表の石井誠氏に請われる形で入社。観光バスの運行管理者としてのキャリアをスタートさせた。以来、同社の運行管理課長として、現場の第一線で運行管理を担う毎日。日々ドライバーとの緊密なコミュケーションを大切にしながら、安心・安全な運行を実現するために力を注いでいる。

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