伊藤 史行(執行役員 経営企画室 室長)
入社年:2012年/新卒 出身大学:青山学院大学 趣味:ドライブ・卓球
※所属部署・部署名・肩書・仕事内容などは取材当時のものです。
創業以来、築いてきたベンチャー・スタートアップ業界におけるネットワークを活かし、企業マッチングを通じて各社の成長を後押しするM&A仲介事業は、イシンにおける期待の新事業の1つである。同事業を管轄する経営企画室室長の伊藤氏も、イシンが誇る「事業家」の一人である。伊藤氏は、イシングループ全体の経営計画の策定や予実管理を行う傍ら、これまでイシン自体が行っているM&Aのフロントにも立ってきた経験を買われ、この新事業の立ち上げを任されている。新卒からイシンに身を置き、社内ではいまやベテランの域に達しようという伊藤氏の、事業家へと至る歩みとはどのようなものだったのか。
同期の中でも圧倒的な「ドンケツ」 泣きながら会社に通っていた新人時代
私は2012年4月の入社で、多くの新卒採用組と同様、『ベンチャー通信』や『経営者通信』といった商材を提案する経営者営業からキャリアを始めています。その後、入社3年目で抜擢されたのが、現在ではイシンの第1セグメントに成長した『自治体通信』事業(現:公民共創事業)の統括で、当時は『自治体通信』がまだ創刊間もないタイミングでした。
事業が徐々に拡大し、組織もある程度、成熟していくと、次はイシンがIPO準備に入る文脈もあって新設された経営企画室を任され、グループ全体の計画策定や予実管理、IPO準備を担当し、イシンが行うM&Aのフロントにも立ってきました。その経験が買われるかたちで、現在は新事業であるM&A仲介事業の立ち上げにも従事しています。
こう見ると、一貫して事業畑を歩んできた、ほかの役員たちとは少しキャリアの毛色は異なるかもしれません。
いいえ、実はまったくその逆です。入社1年目の営業成績は、同期9人の中でも圧倒的な「ドンケツ」で、当時の年間受注金額の低さは、今でもイシン歴代ワースト3位に入っているんじゃないですかね。誰よりも仕事ができず、メール文もまともに作れないくらいで、怒られない日がなかったくらいでした。毎日、泣きながら会社に通っていたような状態でしたから。
それでも、「自分の市場価値を高めたい」と思って入ったイシンでしたから、そこから逃げ出す選択肢はなかったですね。今のような自分では、どこに行っても通用しないという想いもありましたし。
振り返れば、私自身、勉強もスポーツも友人関係も、みんなそれなりにできていて、それまで自分自身と真正面から向き合うような修羅場を経験してきたことがありませんでした。修羅場を「避けていた」といった方が正確かもしれません。ですから、人生で初めて自分の「不甲斐なさ」がつまびらかになったのです。
「内省」の日々で乗り越えた苦境 仲間の支えと「任せる文化」に救われた
このことは、その後に『自治体通信』事業を任され、初めて事業全体を見るようになった際の苦境や、さらにその後、事業が拡大した結果、逆に組織が不安定になっていった時の苦境にも共通しているのですが、私は苦境のたびに徹底的に「内省」を繰り返していました。「自分とはなんなのか」を見つめ直し、プライドを徹底的に捨て去り、自分の弱点に向き合いました。
そこから、営業が伸びない時は、毎日自宅でロープレを繰り返し、録画をして徹底的に分析したり、事業の立ち上げで模索が続けば、わき目もふらずに書籍や資料を読み込んで知識を吸収したり、組織運営に迷えば、恥も外聞も捨てて、なりふり構わず人に教えを請いに行ったり。
イシンの行動指針に「内省――自ら修羅場に飛び込み、深く“内省”しながら、非連続の成長を遂げよ」という項目があるのですが、まさにその通りの日々を送りました。最初からその行動指針を頭に入れていたわけではないですが、振り返ると結果的に、この文言通りの行動をしていたというだけなのですが。ただ、「まだ自分はダメなんだ」という現実を、自分自身の中に落とし込めたのが大きかったですね。
決して、自分だけの力だったとは思っていません。貴重なアドバイスや時に厳しい叱咤で導いてくれた上司や先輩、ともに汗を流して切磋琢磨した同僚といったイシンの仲間の支えは大きかったですね。
加えて、イシンが持つ「任せる文化」には、私自身、何度も救われました。それまで目覚ましい成績を上げてもいなかったにも関わらず、『自治体通信』事業を任せてもらったことは、人生の1つの転機になりました。そこでは私自身、語り尽くせないくらいの苦労もありましたが、機会を得て私自身も成長することができました。
また、その後の経営企画室もまったくの未経験で異動し、IPO準備やM&Aに従事させてもらい、大きなキャリア形成につながっているのも、この「イシンの文化」のおかげだと感謝しています。
『自治体通信』事業に関してはその後、公民共創事業へと発展し、第1セグメントに位置づけられるようになりますが、その礎は築けたのではないかと今では振り返ることができています。
事業を担当するだけでは身につかない 視点や視座をもたらした経営企画室での経験
それよりもむしろ、次に経営企画室室長に抜擢され、グループ全体の経営計画や予実管理を俯瞰的に見るようになったことで養われたものが大きいですね。
たとえば、経営計画の策定にあたっては、ある意味、経営者の壁打ち相手となってコミュニケーションを重ねていく作業が必要になりますから、必然的に経営者のものの見方、考え方を理解していくことが求められます。各事業部の計画を集約していく過程では、株主からの厳しい視線に耐えうる成長戦略として統合していくために、経営者による高次の視点、広い視野で事業を理解していくことも必要になってきます。置かれた市場環境や事業特性によって各事業部では計画の立て方は全く異なりますし、またそこには、強気な人、弱気な人など責任者の個性によるクセも多分に投影されますから。
さらに、IPO準備を通じて、証券会社や監査法人といった社外の専門家の方々とプロジェクトを組み、ひざを突き合わせて企業会計や企業ガバナンスやコンプライアンスについて学べた経験によって、その視点や感性はさらに磨きがかけられたと思っています。
こうした経験から、事業を担当するだけでは身につかない視点、高い視座が得られたと自分では感じています。
久しぶりに事業の現場に復帰し、計画通りには運べない現実の難しさや市場の厳しさを再び味わっています。特にM&A仲介の市場は、すでに上場している大手のほか、新規参入組の競合もひしめく、文字通りの「レッドオーシャン」です。また、弁護士や会計士、投資銀行といったバックグラウンドを持つ専門家も多く、戦う相手のレベルは正直、高いです。さらに、この事業は社内のほかの事業と違って、売るべき商材がありません。あえていえば、自分自身が商材であり、自分を相手の経営者に売り込むことが求められます。そこでは、経営企画という立場で、経営者と対峙してきた経験がきっと活きてくると思っています。
そう思います。まさに、自分の「市場価値」を問われている感覚です。この事業で成果を上げるためには、税務も法務も、会計も事業戦略も、企業経営にまつわる一通りを理解していかなければなりませんので、やり遂げた時には、高いレベルのキャリアを身につけられますし、「市場価値」は相当に高まっているはずです。
実は先日、M&A仲介事業として最初の成約案件が誕生したんです。高まる部内の士気を見て、私の中には、『自治体通信』事業草創期の思い出が甦っています。社内では「第2創業期」とも呼ばれている今、新たに生まれたこのM&A仲介事業こそ、将来のイシンの屋台骨を支える事業に成長するという将来像を、私は心で秘かに描いています。まだまだ先は遠いですけど。
イシンの「任せる文化」は 脈々と受け継がれている
今後より一層、社会の不確実性が高まっていく中で、組織に依存していたり、自身の中に軸が無かったりすれば、自分の「市場価値」はきわめて危ういものになるという感覚は持つべきだと思います。
私がかつて、「自分の市場価値を高めたい」と思って選んだイシンですが、その環境はいまも変わらずあり、「任せる文化」は脈々と受け継がれています。そのことをもっとも実感しているのが、再び事業の現場に復帰したこの私かもしれません。
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