福井 俊平(執行役員 事業統括本部 本部長)
入社年:2017年/新卒 出身大学:熊本大学 趣味:散歩・銭湯
※所属部署・部署名・肩書・仕事内容などは取材当時のものです。
イシンにおいて、全社売上高の9割以上が、「公民共創事業部」「メディアPR事業部」「GI事業部」の3事業部によって占められている。この主要3事業を統括する事業統括本部の本部長を務める執行役員の福井氏も、イシンが誇る代表的な事業家の一人である。32歳の若さで、上場企業としてのイシンの業績責任や、将来に向けた経営のかじ取りを担う福井氏。イシンにおいてどのような経験を重ね、この大役を任される事業家へと成長を遂げたのだろうか。
入社前から見抜かれた「器用貧乏」の本質 付けられたあだ名は「8割野郎」
「今までの自分を変えたい」という想いでイシンに入社した私だったので、仕事には自分なりに真剣に打ち込んではいました。しかし、なかなかすぐには変われるものでもなく、当時の私は「8割野郎」というあだ名をつけられてしまいました。「ちょっとできるヤツ」という評価をすぐに得られてしまう一方で、何事も「8割」程度の及第点をとって満足してしまい、それ以上を追求しない私の「心の甘さ」を巧みに表わしたあだ名です。
そうした器用貧乏な一面は、すでに入社前の段階でものの見事に見透かされており、当時、オンラインで採用面接にあたってくれた専務から「福井くんって、今までそんな感じでうまくやってきたでしょ」「そんなんじゃ、うちではうまくいかないけど大丈夫なの?」と指摘されてしまいまして(苦笑)。
まんまと乗せられたのかもしれませんね(笑)。学生時代まで、「死ぬ気で頑張った」と誇れるものがなにも無かったことがコンプレックスでもありましたし、元来、「怠け者」気質の自分は、厳しい環境に身を置かなければ自分を変えられないという想いがありました。そこを真正面から刺激されてしまいました。
入社後4年間はずっと、直属の上司は春見さん(現:執行役員HR事業部長)でしたが、内発的動機が強く、ストイックに向き合う彼の仕事ぶりを間近で見てきて、事あるごとに「レベルの違い」や、自分の「弱さ」や「甘さ」を思い知らされてきました。それだけに、休日も仕事漬けの日々を送るなど努力はしてきたのですが、どこまでも「自分なりに」という形容詞はつねに付いて回っていました。
入社1年目が終わって、運良く新人MVPを獲ることができたのですが、まだその時点では「8割野郎」の延長線上だったと思います。そのことは、翌年にリーダーとなった段階で、いきなり思い知らされることになります。
結果にこだわる意識がさらに強く まずは自分自身が変わらなければ
いきなり6人の部下を持ったことで、自分の小さなキャパシティはパンクしてしまい、自分の営業成績はもとより、チームとしての成績も、部下たち一人ひとりのマネジメントもすべてが散々な出来で、前年の新人MVPのメッキはすぐに剥がれてしまいました。これだけは必ず達成すると誓った「部下に新人MVPを獲らせる」という目標も叶えられず、表彰で沸く全社総会の喧噪の隅で、「すまなかった」と謝った部下と涙を流した悔しい思い出もできました。
この経験から、結果にこだわる意識がさらに強くなったと思います。春見さんからの指導も受け、自分の弱点に向き合おうと、受注傾向を分析し、今まで逃げていた業種や系統の企業を積極的に攻めにいったり、ロジカルシンキングや戦略系の思考を強化したり、努力の「質感」を意識的に変えていきました。
部署の売り上げの半分を自分一人で稼げるまでになりました。そうなると、私が商談に同席する部下たちの数字も上がり、部下たちへのフィードバックの質も上がります。そうして、春見さんのもとで部長も務めるようになり、組織全体の業績が上向くようになっていきました。
しかし、人間の本質が、そう簡単に変わるわけではありません。その厳しい現実を思い知らされたのが、入社5年目、春見さんの管轄から離れ、メディアPR部の事業部長として、事業責任者として独り立ちしたタイミングでした。この時の経験が、メンバーやリーダーの延長線上ではなく、「事業統括者」としての責任を明確に意識する「転機」にもなりました。
事業部崩壊の危機を招いた経験から 自分本来の姿に気づけた
事業部長となり、担当するメディアPR事業の数値目標がすべて自分の責任になりましたが、その現実をよく理解していなかったのでしょう。これまで4年間、間近で春見さんから薫陶を受けてきたことで、いつしか彼への依存が生まれていたのかもしれません。事業部長になった当初は、「春見病」に罹っていたかのようで(苦笑)、「リトル春見」をめざす思考に陥ってしまっていました。
営業力があり、思考も深く、ロジックもしっかりしている春見さんの言うことは、誰しも納得感を持てるのは当然です。それを私が表面だけをなぞり、いかにうまく春見さんらしく演じるかばかりを考えてしまったのです。「8割野郎」としての「器用貧乏」な一面がもろに露呈していたのかもしれません。
その結果、部下たちと衝突することも増え、彼ら彼女らの不満はたまっていきました。最初のわずか1~2ヵ月で、事業部の士気が落ちていっているのは周囲から見ても明らかだったようです。会食で部下たちから退職の意向をほのめかされた役員からその事実を知らされたのですが、事業部長として気負っていた私は、事業部がそんな崩壊の危機にあったことさえ、気づけていませんでした。
担当役員のサポートも受けながら、まずは現場との対話を増やすように努めました。そして、事業部としての方針や具体的な戦略もメンバーと議論を重ね、納得感を引き出しながら決めていくことにしたのです。それは、前任の春見さんから学んだことに自分なりの工夫を重ねた手法でしたが、それによって、メンバーが自走するように変わっていったのです。
それは私にとって驚きでもありました。「こんなに動いてくれるのか」と。自分は、現場と対話しながら決断していく管理職タイプであることに気づかされたのも、この経験からでした。そこには、自分の弱さを感じるのも事実ですが、これまでとは違った「視座」や、それに伴う「自信」をつかんだと思えているのもまた事実です。
「最大の壁」に直面して芽生えた 「雨が降っても自分のせい」という覚悟
そうですね。今の職責に見合う能力や実績が自分にあるとは思っていませんが、今に至る経験が、この重責に立ち向かう私の支えになっていることは間違いありません。
主要3事業すべての業績責任を背負っている現在は、これまでとはまったく異次元の責任を背負っており、就任してまだわずかな時間ではありますが、これまでの経験がそのまま通用する立場ではないことを日々痛感させられています。その意味では、イシン人生で今が「最大の壁」に直面しているという自覚があります。
ただ私には、壁にぶち当たって、自分の弱さや甘さに気づかされ、そのたびに自分を奮い立たせながら、その壁を乗り越えてきた経験があります。今回も、部下たちの人生そのものを背負う責任を重く感じる中で、「雨が降っても自分のせい」という覚悟が芽生えてきているのも感じます。壁を乗り越えたと言うにはまだ早いですが、見えている景色の明るさ、昨年とは全く違うと言い切れます。
そうですね。確かに、「8.5割野郎」くらいには成長しているかもしれませんね(笑)。もちろん、「10割野郎」をめざしたい気持ちもありますが、一方で人間の本質はそう簡単には変わらないという自戒もあります。ならば、「8割野郎」という本質を持つ自分の手綱をいかにコントロールするかを学ぶことのほうが、より生産的だというもう1つの考え方もできるようになりました。
それに、これまではそこから抜け出したいと思い続けてきたのですが、今では「8割野郎」というあだ名も悪くないとも思えるんですよね。なぜなら、つねに2割もの成長の余地があるということですから。壁にぶち当たって、「残り2割」に気づかされ、そこを埋めていく努力を続けることが成長であり、自分にとっての永遠のテーマなのかもしれないと思うようにもなっているんです。
最近は、これだけ壁にぶち当たる自分を、「意外と投げ出さないヤツなんだな」と見直しているところです(笑)。
明確なビジョンを持つ人はもちろん 無い人をも成長させてくれるのがイシン
かつての上司の春見さんのように、強固な内発的動機を持って、明確な夢やビジョンを持っている人材には、持ってこいの環境であることは間違いありません。それだけではなく、私のような明確な目標が無かったタイプの人間でも、成長の機会を与えてくれ、重責を担わせてくれる。それもまた、イシンという会社の偽らざる姿です。
少しずつできることが増え、それに伴って視野が広がり、視座が高まった末に、初めて見えてくる景色や目標もあると思うんです。本当の目標は、そこから持つのだって決して遅くはないと思います。そうした再現性ある成長プロセスを重視してくれるのもイシンの特徴であり、一人ひとりの成長や人生のビジョンをどこまでも大切に考えてくれます。そこが、私がイシンを好きでい続けられる理由でもあるんです。
かつての私のように、「何者かにはなりたい」という漠然とした目標しか持てていない人にとっても、きっとイシンはいい環境だなって思うんですよね。
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