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【会長インタビュー】イシン創業秘話

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PROFILE

代表取締役会長
明石 智義

メディアPR事業として雑誌・Web・イベントを含むさまざまな媒体を運営し、グローバルオープンイノベーション事業、自治体事業など幅広い領域で事業を展開するイシン。その歴史は、学生向けのベンチャー業界誌『ベンチャー通信』の創刊とともに始まった。イシン創業者で代表取締役会長の明石智義に、『ベンチャー通信』を創刊した理由や、創業以降における会社の転換期などについて聞いた。

“生きる志士”たちの生き様を伝えたい

現在における会長のミッションを教えてください。

イシングループの経営理念「世界的視野を持った事業家たちが、差別化された事業を通じて、社会の進化に貢献する」を実現するべく、日々精進しています。社是には「事業家創発」を掲げていますが、これは決して、「イシンは社長輩出企業です」と宣言するものではありません。私が目指すのは、たとえばリーダーシップある人がその能力を発揮しやすい環境があるような、自律分散型の企業風土です。「事業家を育てる」のではなくて、日々のビジネスの実践のなかから、事業家が自然と創発されるような風土づくりを目指しています。

そうした風土を実現するためにどのような考えを大切にしていますか。

グループの人事ポリシーにも掲げていますが、私が重視するのは、会社が一人ひとりのキャリアに寄り添って、物心両面の豊かさを叶えることです。会社というのは、社員のビジネス人生を預かるわけですから、能力にもとづいた年収や、仕事のやりがい、成長実感を得られるような仕組みづくりを重視しています。こうした個人に対する物心両面の幸せの追求が、社員一人ひとりの持続的な成長を促し、事業家の創発につながっていくものと考えています。そのため、会社として事業を新たに生み出すときも、「なにをやるか」よりも「誰がやるか」というところを重視し、志のある社員に寄り添いながら、一緒に事業をつくっていくことを心がけています。

このように考えるのは、私が昔から「人物」や、その個人を形成してきたキャリアに対して関心をもっていたからかもしれません。イシンの創業も、もとをたどれば歴史上の人物たちに対する強い関心をもっていたことから始まっているんです。

「歴史上の人物への関心」から起業にいたったのはどのような経緯があったのですか。

私は小さい頃から歴史、特に幕末期の日本史が大好きで、「もしもタイムマシーンがあるならば、帰ってこれなくてもいいから、幕末の日本に戻ってみたい」と思っていたくらいでした。しかし実際にはそんなことはできませんから、高校生の頃から、幕末の志士たちのお墓や縁の地を訪ね、幕末期の日本に想いを馳せていました。

そんな「歴史オタク」な私に契機が訪れたのは大学時代でした。上京し、大学に入ることで大きく広がった世界でカルチャーショックを受けたんです。それまでは、歴史や思想、文化といった、アカデミックで形而上学的なものに対して関心が強かったのですが、大きなカルチャーショックのなかで形而上学的なものに対する反発が起きて、もっと、「世俗的」なことに関心を抱くように。起業や商売に興味をもつようになったのです。起業や商売といった、お金を儲けることは、当時の私には「世俗的」なイメージが強かったのです。

しかし、稲盛和夫さんや本田宗一郎さんといった企業の創業者たちの本を多く読むようになってから、私がそれまでに起業家や商売に抱いていた「世俗的」なイメージは大きく覆されました。強い志のもと、裸一貫で行動を起こし、会社という組織を成長させていく彼らに、実力主義で明治維新を成し遂げた幕末の志士と共通するものを感じたのです。商売の世界で、中長期的に本当に大きく成功する人たちには、幕末の志士たちと同じような、正直さや誠実さが根底にあるのだと思いました。

そして私自身、資本主義のなかで起業家として人生をまっとうすることは素晴らしいことなのだと考えるようになって。そこから、起業家を志すようになり、まずは大学内に起業サークルを立ち上げたのです。

どのような事業を始めたのですか。

起業家のインタビュー記事を載せた雑誌を発刊しました。なぜ雑誌にしたかというと、取材という名目でならば、“生きた幕末の志士”たる起業家たちに会えると思ったからです。私が本を通じて出会ったソフトバンク創業者の孫正義さんや、日清食品創業者の安藤百福さんなど、こうした人物はいまを生きていますが(当時)、時代が違えば、彼らは幕末の志士だったかもしれない。そんな魅力的な人たちに会いに行きたいと思ったんですね。そして、起業家たちの生き様を通じ、起業家や商売人のすばらしさを学生たちに届けたいという想いもありました。

最初に発刊したのは、『フロンティア』という名前の1色刷りの雑誌で、1000部を発行しました。その後、この雑誌をいろいろな方に見せると、みんなに「面白いね」と言ってもらえて。そこで今度は、広告を掲載したカラーのフリーペーパーとして、発行数も数万部に増やし、新しい雑誌を立ち上げようと。こうして、『ベンチャー通信』の創刊号ができあがったのです。私が大学を卒業してからも、『ベンチャー通信』は渋谷のマンションの一室で発刊し続け、現在のビジネスモデルを確立。発刊を重ねるごとに「学生向けのベンチャー業界誌」というブランド力も高まっていきました。その後、2005年に株式会社幕末(現:イシン株式会社)を設立。『ベンチャー通信』に関連して、優れたベンチャー企業を紹介する『ベストベンチャー100』や、社長インタビューサイト『ニッポンの社長』といった事業を増やしてきました。

リーマンショックから生まれた新規事業

設立以来、会社にとっての大きな転換期はいつだったと振り返りますか。

いくつかありますが、特に大きかったのは2008年に発生したリーマンショックでしたね。世界を襲った不況によって、『ベンチャー通信』が支援する、人材採用やCI(コーポレート・アイデンティティ)ブランディングのためのメディアPRのニーズが一気に枯渇。当社の売り上げの6、7割が失われました。これでは会社を存続させるのが難しいという強い危機感を持ちました。そこで我々が注目したのはBtoB企業の販促ニーズでした。不況時において、経営者は自社の損益を改善するために、売上を増やすか、コストを下げるかのどちらかを選ぶことになりますが、メディアとして企業の売上を増やすお手伝いならできるだろうと。そうして、経営者向けの情報誌『経営者通信』を2009年に創刊したのです。

それまで当社は、「ベンチャー企業に関するビジネスを行う会社」というイメージを強くもたれていました。そうしたなかで『経営者通信』の創刊は、会社として事業拡張性を社内外に示し、その後さまざまな事業をつくっていく大きなきっかけになったと振り返っています。

2012年以降は初の海外事業としてシンガポールに現地法人を設立し、日本企業の海外進出を支援するメディア『ヤッパン号』がスタート。2015年には米国シリコンバレーに現地法人を設立し、世界のスタートアップの情報を発信する現在の『TECHBLITZ』やグローバル・スタートアップ・アクセス(GSA)事業が生まれました。全国の自治体に届ける『自治体通信』や採用オウンドメディア『HIKOMA』も生まれました。それまでの事業領域を超えた新しい事業が社内から次々と立ち上がっていく。そんな事象が私の眼前に現れたこの頃から「事業家創発」という言葉を社是に掲げるようになったのです。

さらに社会への影響力を高めたい

今後のビジョンを聞かせてください。

よりグローバルな視点で、組織や事業、社員一人ひとりのキャリアを展開し、社員にチャンスの場を提供するとともに、社会に対する影響力を高めていきたいですね。これからの時代、社会の変化はますます速く、激しくなっていきます。日本も海外も、そうした変化に適応するため、イノベーションが求められていくようになるでしょう。そうしたなかで求められるのは、硬直したステレオタイプではなく、イノベーションが起こる組織です。イシンが掲げる組織文化「創発」のもとで、イノベーションが起こる組織づくりを実践し、事業の拡大とともに、社会に良い影響を与える会社を目指していきます。

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