三宅 平太(公民共創事業部 企画部長)
※所属部署・部署名・肩書・仕事内容などは取材当時のものです。
イシンにおける第一セグメント事業である公民共創事業部は、自治体向け情報メディア『自治体通信』を核としながら、それに付随する「企業アカウント」や各種ソリューションなど、さまざまなサービスを発展させ、事業を拡大させてきた。これらのサービス開発を担ってきた企画部を統括する三宅氏は、将来のイシン発展の行く末を担う重要な事業家候補の一人である。自治体職員から転身して、わずか3年で要職に抜擢された同氏の事業に懸ける想いとは。
コアな読者から 『自治体通信』の営業へと転身
公民共創事業部の主力商材は『自治体通信』ですが、企画部ではそれ以外のサービスの企画・開発、商品改善などを担当しています。ウェビナーの企画であったり、資料請求サイト『RABAN』の企画運営であったり、また他団体とのアライアンスを推進したり。いわば、営業の方々に戦うための「武器を与える」部署であり、公民共創事業部、ひいてはイシン全体の業績を底上げしていく重要な役割を担っています。
私は、前職で自治体の公務員を務めていました。自治体職員は定期的に異動があり、私の場合は健康課、秘書広報課、議会事務局を経験してきました。いずれの職場でもやりがいを感じていましたし、自分の仕事が社会に役立っているという感覚もあったので、仕事は楽しかったですね。一方で、一人の職員にできることは限られていると感じる場面も少なくありませんでした。
そんな中、出合ったのが『自治体通信』でした。実は私は、公務員時代からずっと『自治体通信』のコアな読者だったんです。すごい雑誌だなと思っていました。情報を通じて他者に与える影響力がいかに大きいか、また記事のインパクトでいかに現場が動くかを間近で見てきましたので、この『自治体通信』に携わることで、今以上に大きな社会的意義が果たせるのではないかと思ったんです。
しかし、入社直後はしばらく結果を出せず、かなり苦労しました。
「やって初めて見える景色がある」 背中を押した上司の金言
最初は、『自治体通信』の営業に配属されました。自治体職員の経験を買われ、自治体に商材を売り込みたい民間企業のお客さまを、自治体職員目線で『自治体通信』を紹介する仕事でした。
しかし、これまでの人生で営業経験はゼロでしたから、まったく売れなかったです。売れている先輩たちを参考に、どのようなメールを送っているのか、商談ログはどのようにとっているのか、とにかく最初は真似するところから改善を図りました。それでも、すぐに結果がついてくることはなく、高い壁を感じてしまって。「転職、失敗したかな」と当時は相当に落ち込みましたね。今から思えば、拒絶反応の一種だったのかもしれませんが、そのうちオフィスに独特の「臭い」を感じるようにまでなって。その「臭い」を嗅ぐのが嫌で、出社するのもどんどんしんどくなっていった時期がありました。
周囲の人たちに支えてもらったのが大きいですね。自分は元来が「石橋を叩いて、それでも渡るかどうか」というほどの慎重なタイプで、考えはするが、行動に移すことがなかなかできない人間だったんです。そんな自分に対して、当時営業部長であった福井さんはたびたび、「やってみて、初めて見える景色があるよ」と諭してくれました。このような声掛けは、その後も自分を奮い立たせる際の支えになりましたし、自分自身も部下たちによく伝える言葉にもなりました。
そこからは、会社から与えられる営業リストを使う傍らで、自分でイチからリストをつくり、お客さまにアプローチすることも独自に始めました。自分で発掘した潜在顧客のほうが気持ちが乗って、親身な営業ができると思ったからです。一人ひとりのお客さまに気持ちを乗せる対応は、自治体職員時代から貫いてきた私のポリシーでしたから。
そこからは少しずつ軌道に乗ってきました。その間も、自分なりの模索を続ける中で迷いの時期もあり、「もう無理かな」と思ってしまった瞬間もあったんですが、そんな時も救ってくれたのは、イシンの仲間たちでしたね。
とてもよく憶えているのが、ある飲み会の帰りに、タクシーに同乗した先輩の柿崎さんがふと、「三宅さんは、そのままでいいんだよ」とつぶやいたんです。どのような想いからその言葉を口にしたのか、ご本人にお聞きしたことはないので真意はわかりませんが、自分のやり方や仕事への向き合い方を初めて認めてもらえたような気がしたんです。あの言葉がなければ、自分は今、ここにはいないですね。あの言葉がどん底でもがいていた私を救ってくれました。
自分の仕事の品質次第で 周囲に相当な影響が出る立場
大きな権限をいただき、私の決断次第でやれることが増えた分、企画部のリソースをなににどれだけ割くか、その優先順位をつけることの難しさを感じています。自分はこれまで、そうした判断をしてこなかったというか、する必要がなかった立場にあったんだということが、今ならよくわかります。その判断の中で、責任の重さを突き付けられる場面を、部長に就任してすぐに経験しました。

2025年10月に、イシンとして初めて「首長会議」というイベントを企画しました。それは、全国の都道府県知事や市区町村長を対象に、交流や情報交換を図ることを目的としたイベントで、イシンにとって大きなチャレンジといえるものでした。部署としても不安を抱えながら設計し、なんとか開催にこぎつけることができました。しかし、詰めきれていない部分がありました。開催前後や当日に各所にご迷惑をおかけしてしまい、営業に「武器を与える」どころか、足を引っ張ってしまったかたちになってしまい、大きな教訓になりました。自分の仕事の品質次第で、周囲に相当な影響が出てしまうことを痛感した出来事でした。
幸いにも、イベント自体は全体として好評だったため、現在第2回目の開催に向けて再び企画に入っていますが、前回の設計の甘さをひとつ残らず潰す覚悟で、身を引き締めて準備を進めています。立ち止まっている暇はありませんから。
逃げ癖がある自分を踏みとどまらせた 仲間たちの活躍
そうかもしれません。考えるだけで、行動の一歩が踏み出せなかったかつての自分を振り返ると、多くの方々に支えられて、成長することができたと思っています。直接、背中を押してくれた先輩だけじゃなく、刺激をくれる仲間も突き上げてくれる部下も多かったですね。イシンには、ポジティブに考え、行動する人たちがとても多く、その影響も多分に受けました。仲間たちの活躍を見せつけられるたびに、「あの人はできているんだから」と逃げ癖があり、「他責」思考に陥りがちな自分を踏みとどまらせることができました。
そう考えると、私にとってイシンという環境は、「自分の判断を、自分の力で正解にしていく場所」だと思っているんです。オフィスに感じた「臭い」も、いまはすごく懐かしいんですよね(笑)。

日々の業務を通じて、実感するのは、『自治体通信』というメディアのブランド力の大きさです。このブランドを活かせば、それこそ世の中を変えられると本気で信じられるんです。そのためのあらゆる仕掛けを生み出すのが、ほかならぬ企画部長の任ですから、その権限を存分に発揮して、この挑戦できる環境を味わっていきたいと思っています。今は、自治体職員時代には得られなかった手応えを感じており、転職は失敗ではなかったと胸を張っていえます。

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